魅惑のマーメイド

「……ったくてめえは、強いのか弱いのかよくわかんねぇな。こんなになるまで無茶してんじゃねぇよ」
 ぶつぶつ文句を言いながら、富嶽は手持ちの布を取り出して細く引き裂いた。手ェ出せ、と促して、薬草を刷り込んだ傷口の上に包帯替わりに巻きはじめる。道端の石に腰掛け、大人しく治療を受けている隊長は、はは、と気の抜けた笑い声を漏らした。
「あそこでいきなり大型が二匹もいっぺんに出てくるとは思わなかったからさ。最初のに集中してたから、ミタマの力も尽きちゃって……富嶽が来てくれて助かったよ」
 言い訳をする彼女の全身は、富嶽が援護に駆け付けるまでの死闘を物語るように傷だらけで、防具も半ば壊れかけている。バカが、と富嶽は舌打ちした。
「速鳥や伊達男じゃあるまいし、一人で突っ走っていくんじゃねぇよ。
 隠密行動ならともかく、任務は基本二人以上で受けるもんだって大和が口を酸っぱくしていってんじゃねぇか。できもしねぇ偵察なんて引き受けるんじゃねぇ」
「うーん、そんなに難しいとは思わなかったんだけどね。速鳥に今度秘訣を教えてもらおうかな……いたたっ、富嶽もうちょっと優しく!」
 懲りてないようなので、ぎりっと力を込めて結びつけると、悲鳴が上がった。
「この程度の傷で音を上げるようなひよっこが、ナマ言ってんじゃねぇ。優しく手当してもらいてぇなら、那木にでもお願いしとけ」
「うう、富嶽の乱暴者……」
 涙目になりながら腕をさする隊長を、富嶽は立ち上がって、改めて見下ろした。身動き叶わないほどの怪我は見当たらない。しかし、富嶽にできるのは応急手当くらいなものだ。
 自分のミタマで傷を癒す事が出来ればよいのだが、あいにくそっちは那木の方が専門で、これ以上対処の仕様がなかった。
(とにかくウタカタに戻るか。雑魚はあらかた片付けておいたから、どうにかなる)
「そんな無駄口を叩く元気があるなら、とっとと帰るぞ」
「うん、じゃあ行こうか」
 そういって腰を上げる隊長。が、そのままふらっとよろめいたので、富嶽はとっさに腕を出してその体を受け止めた。
「おい大丈夫か!?」
「あ……うん、平気……ちょっと、血が足りないかな……」
「てめえ……活動限界か」
 今日の隊長は自分より長く異界に入っている。
 いくらモノノフがこの体にまとわりつくような瘴気に強い耐性を持っているとはいえ、今のように弱った状態では、活動限界が更に短くなっているはずだ。その証拠に、顔を上げた隊長は、表情こそ笑っているが、やや青ざめている。
(この調子じゃ、自分で歩いて帰るのにも障りがありそうだな)
 ぐずぐずしていたら、体が瘴気に蝕まれて動けなくなる。富嶽はもう一度舌打ちすると、
「しゃーねぇな。俺が担いでいってやる」
「え、えっ!?」
 四の五の言われる前に隊長の体を抱き上げ、荷物のように肩に担ぎあげた。ぎょっとして彼女はじたばたと足をばたつかせる。
「ちょ、ちょっと富嶽、何してるの!?」
「てめえの足に合わせてたら、間に合うもんも間に合わねぇ。ちょっと我慢してろ、すぐウタカタに連れていってやる」
「つ、連れていってって、待って、この態勢はちょっとぉぉぉぉ!?」
 うるさい悲鳴が背中の方から聞こえてきたが、構っている暇はない。富嶽は米俵よろしく隊長を担いだまま、途中わいた鬼を蹴散らしながら、帰途を急いだ。

 その結果、隊長は那木の治療を受けて、怪我のほとんどを治してもらったのだが、
「よぉ、顔色ましになったな。今度はあんな無茶するんじゃねぇぞ」
 診察を終えた隊長に富嶽が声をかけたところ、
「……助けてくれたのはありがとう。で、でも、あんな風に運ぶのはもう絶対しないでっ!」
 なぜか真っ赤になった隊長に叱られた。
(何怒ってんだ? あいつ。あれなら俺の両手がほとんど開くから鬼にも対応できたし、結果間に合ったんだからいいじゃねぇか)
 と首を傾げてしまった。だが、後で話を聞いた息吹に、
「そりゃ隊長も恥ずかしかっただろうね。何しろほら、彼女、モノノフ制式着てるから」
 と言われて、ようやく納得して赤面してしまった。
 なるほど、確かにあの露出過多な服のせいで、担ぎ上げた時顔のそばに隊長の生足がじたばたしていたのは、恥ずかしい図だった気がする。
 隊長の怒りにようやく思い至った富嶽は謝罪しにいったが、その時彼女が制式から特製に着替えていたので、
(……足が見えねぇ)
 一瞬ガッカリしてしまった。もちろん、そんな事は口が裂けても言わなかったが。