うちのボディーガードはオネエです。
「初めまして、ローゼリアお嬢ちゃま。アタシの名前はフレイ、今日からアナタの身の回りのお世話をする事になったからよろしくね★」
「……何よあなた気持ち悪い、今すぐ出ていきなさいよ!」
顔を合わせるなり、叫んだ私があいつにクッションを投げつけたのは当然の反応だと思う。
だってダークスーツの男がなよなよっとしなを作りながら自己紹介したんだもの、気持ち悪いじゃない!
しかもクッションを受け止めたあいつが、
「ひどいっ、初対面で気持ち悪いなんて、思ってても正直に口に出すもんじゃないわよ! そんな言われ方したらアタシ傷ついちゃうわっ!」
なんて涙目で反論してきたものだから、総毛だってしまった。
何なのこの生き物、今まで見たことがない気持ち悪さ!
しかもしゃべり方の気持ち悪さで聞きのがしてたけど、
「何であなたみたいなのが私の世話係になるのよ! 私はそんなの認めないわ、誰がそんな事決めたの!?」
出来るだけ遠ざかろうとソファの端に身を寄せながら噛みつくと、クッションを抱きかかえたあいつはそりゃあもちろん、と小さな子供がするみたいに小首を傾げた。
そうすると、ふにゃふにゃと波を描く茶色の髪が揺れる。
「アナタのお父様に決まってるじゃない、お嬢ちゃま。アタシは昔、お父様……フレーデン大佐にはとってもお世話になったの。
アタシに出来る事があれば何でもお手伝いしますよって言ったら、お嬢ちゃまのお世話を言いつかったものだから、今日からここに」
(お……お父様、何考えてるのよ!)
いつも忙しくしていて滅多に帰ってこないお父様のお考えなんて、普段から分かったものではないけれど、今回のこれに関しては、どう考えてもおかしい。
(どうでもいいと思ってるにしても、放っておいてくれればいいのに)
お母様がお亡くなりになってから、一人娘の癇癪を扱いかねてるからといったって、こんな嫌がらせしてくる事ないじゃない。
私はぐっと拳を握りしめると、ソファから立ち上がった。
つかつか歩み寄って、男――フレイの前に立って見上げる。
そばで見てみると、フレイは見上げる首が痛くなるほど背が高い。
線が細くてひょろっとしているから、お父様の知り合いだとしても、軍人ではないのかもしれない。
ダークスーツに身を包んではいるけれど、顔立ちはどちらかというと女性的な感じで、目が垂れているのもあって、全然スーツが似合ってる感じがしない。
髪も軟派っぽく波打っているのを一つに結んでいて、ますます優男風で頼りなく見えた。しかもクッションを両手で胸に抱えて、若干の内股。
……男のくせに女々しくて気持ち悪い。
「あなたみたいな人に面倒を見られるなんて嫌よ。お父様には私から言っておくから、帰りなさい」
腰に手を当てて、お父様がよくやる厳格な調子をまねて命令する。
けれどフレイは首をぶんぶん振ったかと思うと、不意にしゃがみこんで、視線を合わせてきた。
こげ茶色の目を細めて、にこーっと顔全体で笑う。
「あら駄目よ。アタシの雇い主は大佐だもの、あなたが首にはできないわ。それに前払いで貰ったお給金も全部使っちゃったもの、今更返せないわ」
「な、何よそれ。
……いえ、お金があれば辞められるって事なら、私が出してあげてもいいわ」
どうせお父様から、使い切れないほど貰ってるんだもの。
こいつがどれくらい前借りしたのか知らないけど、建て替えるくらいわけないはず。そう思って言ったのに、
「お金の問題じゃないのよ、お嬢ちゃま。
恩がいっぱいある大佐がアタシを信頼してお願いしてきてくださったんだもの、これに応えなきゃ女がすたるっていうものよ!」
「バカじゃないの、あなた男じゃない!」
「体は男でも、心は女よ! 大丈夫、アタシが請け負うのはアナタの身辺警護で、さすがに身支度の類はメイドさんにやってもらうから。
でも、大佐のお嬢ちゃまがこんなに可愛い女の子だって知ってたら、リボンやお洋服をたくさん持ってきたのに! ねぇねぇ、後で髪をいじらせてくれない? 大佐みたいに綺麗な金髪だこと、あいたっ!」
「き、気持ち悪いって言ってるでしょ! あと子供扱いしないで、私はもう十二なんだから!」
目をきらきらさせたフレイが気安く頭を撫でてきたので、私は思わずばちんとその手を叩いてしまった。もうなんなの、この男ほんとうに気持ち悪い!
お嬢とオネエっていい組み合わせ。
ばたばたと廊下を駆け抜けた先にあった扉を開いて、私は思い切り叫んだ。
「ちょっとローリ、あの変な人を早く追い出してちょうだい!」
「お嬢様、廊下を走り回ってはしたないですよ。そんな大声も出してはいけません」
怒りのこもった声に返ってきたのは、冷静な言葉。
銀食器を明かりにかざしてみていたメイド長のローリが、じろりとこちらを睨みつけてきた。
その鋭い眼光に思わずうっ、と口ごもる。
「だ、だってしょうがないじゃない」
今更ながら髪や服の裾を直しつつ、私は口を尖らせた。
「あの人、どこに行くにもくっついてきて、ぺちゃくちゃうるさいんだもの。やっとのことで振り払ってきたのよ」
「あの人ではなく、フレイ様でしょう。あの方はあなたの護衛の任を仰せつかっているのですよ。どこへいくにも随伴するのは当然の事です」
「私は頼んでないわ! 勝手に押しかけてきて、四六時中一緒にいますなんて、冗談じゃないわよ!」
「致し方ありません。ローゼリア様、
まさかお忘れになった訳ではないでしょう? あなたが誘拐されそうになったのはつい数週間前の事ですよ。
旦那様が身の回りの警護に気をお配りになるのも、当然です」
「う……」
もちろん私だって、忘れてなんていない。
あの日、お供を連れて街中を散歩していたら、突然黒ずくめの男二人に襲われて、危うく車に押し込まれそうになったのだ。
幸い、近くにいた人たちが総出で助けてくれたから難を逃れたものの、私はその日以来、一切の外出を禁止されている。
後から聞いた話だと、今この国と戦争している敵国のスパイが街に紛れ込んでいたそうだ。そのスパイは、最前線で活躍なさっているお父様の弱みになる家族を人質にしてしまおうと考えたとか。
普段この街は平和そのものだから、まさかそんな事を思いつく悪漢がいるなんて考えもしなかったので、もちろん警備も手薄だった。
それを重く見たお父様は、知らせを受けてすぐ、警備の手配を取ったらしいとは聞いていたけど……。
「……でもよりによって、あんなのを寄越さなくたっていいじゃない」
「ですからローゼリア様、そのような失礼な言い方は……」
「だって、どこからどう見ても変じゃない!」
たしなめるローリの声を遮って叫ぶと、
「そりゃそうですよローリ様、あれじゃあお嬢様が気持ち悪がるのも当然じゃないですか」
テーブルの傍に立つローリの影から、ひょいっと顔が飛び出した。
「あっ、いたの、メリンダ」
全然声がしなかったから気づかなかった。いつも騒々しいのに珍しい、と思ったら、ローリがその手元をぺしんと叩く。
「よそ見をしていないで、作業を進めなさい。その調子では、銀が錆びついてしまいますよ」
「うう、はい……」
しょぼん、とはちみつ色のくるくる頭を下げて、メリンダがテーブルへ視線を戻す。
どうやら、白いクロスの上にずらりと並んだ銀食器を磨くお仕事をさせられているらしい。さっきローリが見ていたスプーンが正面に戻されたのを見ると、どうやら不合格みたい。
「でもほんと、旦那様もずいぶん変わった人を寄越してきましたよね」
メリンダはそばかすの浮かんだ鼻の頭にしわを寄せて、スプーンを磨きながら続ける。
「正直、私もフレアさん苦手ですよーだって男のくせになよなよしてて、気持ち悪いしー」
「そう、そうよね、気持ち悪いわよね!?」
同意してもらえて、思わずメリンダに詰め寄ってしまう。
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