especially for you(血界戦線ステチェ)

 とある朝の事。 「はよーっす。ドーナツ買ってきましたよー」 「おはようございます」  レオナルドが、廊下で行きあったツェッドと一緒に執務室へ入ると、先に来ていたスティーブンが、 「あぁ、おはよう」  挨拶をしながらテーブルへと歩み寄ってきた。ソファでだらだらしていたザップが頭を上げ、朝から甘いもんかよ、とさっそく毒づく。 「レオてめー、これから任務あるっつーのに、もっと腹にたまるもん買って来いよ。気が利かねーやつだな」 「職場でごろごろ寝てただけの人に文句言われる筋合いないです」  口を尖らせながら、大皿にドーナツを並べていくレオナルド、そして思い思いに手を伸ばして朝食にありつく面々。  男連中ばかりのこと、山のように買ってきたドーナツもあっという間に数を減らしていく。皆が皆甘党というわけではないのだが、よほど空腹だったのかもしれない。  二つ目を片付けて三つ目に取り掛かろうと顔を上げたレオナルドはふと、自分の正面に座るスティーブンが、まだ一つ目を半分しか食べていない事に気づいた。 「あれ、スティーブンさん。あんまり食べてないんですね。甘いの苦手でしたっけ」  首を傾げると、コーヒーを飲んでいたスティーブンは苦笑した。 「いや、そういう訳じゃないんだが……僕は時間があったから、一旦家に帰ってパンケーキ食べてきたんだ」 「パンケーキですか。なんだか意外です」  ふとツェッドが口をはさむと、スティーブンが眉を上げた。 「ん?」 「いえ、朝からパンケーキなんてちょっと女性みたいなメニューだと、ぁ痛っ!?」  語尾が突然悲鳴に変わったので、びっくりしてレオナルドが目を向けると、ツェッドの脇腹にげんこつの形をした赤い塊がめり込んでいた。  それを突き刺したザップがレオナルドの頭越しに、小声で鋭く言い募る。 (ばっか魚類、ちったぁ察しろよ! 女と一緒に飯食ったってこったろ!) (そんな事知りませんよ! それより、こっそり忠告するならもっとさりげなくやって下さい!) (お前が鈍感なのが悪ぃんだろ! ちったぁ人間様の機微ってもんを学べってんだよ、ほぐぁ!?」  小声が最後には奇声になり、ザップの頭が突然テーブルにガンとぶち当たった。何事かと思いきや、銀髪の後頭部にふわり、と黒い影が浮かび上がり、 「……おはようございます」  しゃがみ込んだチェインがぴしっと手を上げて挨拶をした。例によって窓から入ってきて、ザップの頭へランディングしたらしい。 「おはよう、チェイン」 「おはようございます」 「はよーっす」 「ぐごふぐうっ」  誰一人驚くことなく挨拶を返し、ごく一名のみ、全体重を頭に乗せられて動けず呻き声を上げる、いつもの光景。もうすっかりこういうのにも慣れたなーと思いながら、レオナルドはドーナツを一つ取り上げた。 「今皆で朝飯食ってたとこです。チェインさんもどうぞ」  そういって差し出したが、チェインはちらりとこちらへ視線を送り、首を振った。 「ううん、いい。今日は「あっチェイン、」パンケーキ食べたから、お腹いっぱいなんだ」 「え?」 「え」  なぜか急に立ち上がったスティーブンの声を間に挟みながらのチェインの言葉に、ツェッドとレオナルドがきょとんとしてしまった。 「……? なに、何か変な事言った?」  周りの反応が意外だったのか、チェインが小首を傾げて問いかけてくる。  パンケーキ。直前の会話と一致する単語、そこからある状況を予想するのは、さほど人生経験を積んでいないレオナルドやツェッドでもそう難くない。もしかして、とお互い顔を見合わせた時、 「……ってんめこの雌犬! いつまで人の頭の上に鎮座ましましてんだこの野郎、首折れんだろ!!」  ついにチェインのプレスに耐え兼ねたザップが、全身のばねを使ってがばっと起き上がった。頭の上から追い払おうと腕をやみくもに振るが、チェインはとっくに後方へと飛び退っている。 「あれ、おっかしいな。床がしゃべってる」 「床じゃねぇよ! 人だよ! お前いつも狙いすまして俺にダイブしてきてんじゃねぇか、確信犯のくせにワタシカンチガイシテタカナーみたいな面してんじゃねぇよ! この糞犬! 犬の分際で朝からパンケーキなんて上等なもん食ってんな!! 女子か、女子なのかてめぇは!」 「女子だよ、見りゃわかんでしょシルバーシット。それともヤクをキメすぎてその目節穴になっちゃったの? 頭も不自由なのに目も見えないなんて、カワイソウニネー」 「心ねぇ! 全く心ねぇ!!」  …………。  例によって例の如く口喧嘩を始める二人と、口を開けてそれをぽかんと見守るレオナルド達。やがて、 「……さて、僕は仕事を始めるかな。少年、領収書はギルベルトさんに渡しておいてくれ」  苦笑いを浮かべたスティーブンが、カップと食べかけのドーナツを手に、そそくさと机へ戻っていく。  それを見送ったレオナルドとツェッドは、スティーブン、ザップとチェインの三名を順番に見た後、再びドーナツへ向き直った。プレーンドーナツを口に運びながら、 「……ところでレオ君。疑問なんですが、兄弟子はあれ、『察してる』んでしょうか」  ツェッドがそんな事を聞いてきたので、レオナルドはさぁ、と肩を竦める。 「あの人、勘が鋭いくせに、変なとこで鈍いですからねぇ……。案外、気づいてないんじゃないですか」  少なくともレオナルドが顔を合わせるライブラメンバーは大体、番頭と人狼、二人の雰囲気が近頃変わってきたことを察しているのだが。 「……ま、いいんじゃないですか。下手に気づかれたら、それこそ戦場になりかねませんし」  今でさえ、ザップとチェインはお互いの弱点をついてついてつきまくる戦法をとっているというのに、これでチェインの弱みが知れてしまえば、その場が死地になりかねない。  チェインは全力でザップを消しにかかりそうだし、そうでなくとも、スティーブンがしゃしゃり出てきて、より事態がこじれそうだし。 「ですね。僕らも気づいていないふりをしましょう」  その様を想像して、ぶるっと寒気に襲われるレオナルドに共感したのか、ツェッドは大きくうなずいて、ドーナツのかけらを口に放り込んだ。  後ろの口喧嘩は今なおやむ気配がないが、これもまた平和な日常というものだろう。 スティーブンがチェインのためにパンケーキを焼きました、というお話です。 ザップはチェインの恋心とかにとことん鈍いといいなーと思う今日この頃。 女としてより仲間として認識してるから、その辺気づかなかったりすると可愛い。