至上の枕
ふ、と眠りから引き戻された時、掛布とは違う温もりに包まれている事に気づいて、一瞬ぎょっとした。誰かが自分を抱えているのだと視線を上げると、すぐ近くで目を閉じた九葉の顔が視界に映る。
(あ……そうか。今日は、九葉のところに泊まったんだっけ)
思いを通わせてから後、何度か九葉の部屋を訪ねて、短い逢瀬を重ねている。
普段は共にいて他愛ない話をしたり、あるいは互いに黙って好きな事をしていたり、食事をとったりと何という事もない時間を過ごす。そしてたまに良い雰囲気になって、恋人らしい触れ合いをする時もある。
今日は普段淡々としている九葉もその気になったらしく、しんみり仲良くした後、帰ろうとしたら泊まっていけ、と引き止められた。
いいんですか、と問いかけたのは、いつもは誰にも見とがめられないようにと早々に引き上げているからだ。
特にそうしろと言われたわけではないが、何となく周囲の人に知られてはいけないような気がしていた。
だから泊まって、人に見つかる危険を冒してもいいのか、と聞いたのだ。
対して九葉は、お前の好きにしろ、とだけ言う。
その答えは、こちらの意思に全面的に任せるというものだが、本人としては泊まっていけというのが本音なのだろう。自身の希望があっても、あくまで相手を優先するのは、軍師として時に強引に事を運ぶ九葉とは別人のような優しさが感じられた。
そんな風に言われては、従わないわけにはいかない。そもそも自分だって、共にいられるのなら嬉しいのだ。
というわけで、初めて九葉と共に、時間も気にせず寝ているわけだが――
(なんか、変な感じ)
九葉はこちらが起きているのに気づいた様子もなく、寝息が深い。常に鋭く光る眼を閉じていると、険相が和らいで、普段と違って見えた。
(……ううん、何かもっと他の所が違うような)
いつもはなかなか出来ないので、九葉の顔をまじまじ覗き込んだ。何がいつもと異なるのかとじっくり観察し、そして気づいた。
(あっ。眉間にしわがない)
寝入る九葉は、普段より表情が柔らかく、眉間の縦じわが消えていた。
(今日はよく眠れてるみたい。よかった)
オオマガドキ以降、自分の知らない十年の間、九葉は様々な苦境に立ち合い、仲間を犠牲にしながら鬼と戦ってきた。
口では血塗れの鬼と自らを揶揄し、人々から非難を浴びても平然とした態度を取っているが、その内実は罪悪感にさいなまれ続けている。
自分も、こうして共寝をするようになってから何度か、九葉が悪夢にうなされているのを見ており、そのたびに何も出来ない自分の無力を歯がゆく思っていた。
しかし今夜の九葉は、悪夢など寄せつけもしていないらしい。子供のようにすうすうと寝入っている様を見ていたら、何だか嬉しくなってきたので、
(おやすみなさい、九葉)
声に出さずに告げて、九葉の背に手を回してより近くに寄り添う。ぴったりと重なり合った体からの温もりは、目を閉じて一、二と数える間もなく、深い眠りへといざなうのだった。
心地よき枷
他愛のない話の中でふと、もし今進んでいる道を踏み外してしまったら、という話題になった。
「その時が来たとしたら、私はろくでもない死に方をするだろうな。血塗れの鬼にふさわしく、みじめで無残な最期だろう」
そんな事を言うと、彼女はまたそういう事を、と口を曲げる。
「私がいる限り、九葉をそんな風に死なせるなんてありえませんからね。あなたがもし道を踏み外しそうになったら、私が重石になって、その場にとどめてあげますから」
重石。その言葉に、なるほど、と思う。
一人で暗夜の道を進む自分にとって、常に光のさす方向へまい進していく彼女は、正反対の存在だからこそ、恰好の重石には違いない。彼女に引っ張られている限りは、自分も無様に踏み外すこともなかろう。そう思ったので、
「なるほど、重石か。確かにお前は重いからな」
素直な感想を述べると、なぜ彼女はきっとこちらを見て、
「ちょっと九葉、ただのたとえですからね、重石っていうのは!」
急に声を荒げて抗議を申し立てる。そうか、そういう取り方もあるか。何の他意もなかったのだが、見当違いに怒る彼女を、らしくもなく可愛らしいなどと思ってしまった九葉は、
「安心しろ。お前は重くはない。軽くもないが」
「ちょっ、だから何の話してるんですか!」
「お前の目方の話だろう」
「ちっ、違いますー!!」
きゃんきゃんと吠える彼女に言葉遊びを仕掛けて、相手の反応につい笑ってしまう。
「……ねぇ、相馬。まさかと思うけど……九葉って、自分の部下の体重を把握してたりしないわよね? 私の体重知らないわよね!?」
「……あー……いや、なんだ。お前のは大丈夫だと思うぞ。お前のはな」
後ろで武官たちも何やら騒いでいる気がしたが、それは聞き流しておこう。