four seasons

■春

 ロードワークに出ていつもの道に出たら、道の片側に植えられた桜がいっせいに花開いていた。ちらちらと花びらが舞い落ちる中を走ると、何か夢の中にいるような、不思議な気持ちになる。
 花を美しい、と思えるようになったのは、メガロボクスを再開して、自分の居場所を見つけられたからか。
(あの娘も、どこかで桜を見ているだろうか)
 走りながらふと思い出す。連想したのは、桜の儚さが彼女とだぶったからか。もう会えないかもしれない、傷ついた優しい女を、自分はまだ忘れられずにいる。再会できずとも、せめて彼女も毎年、桜が美しいと思える状態であってほしいものだ。

■夏

 降りしきる雨はまとわりつくような湿気をもたらし、夏の暑さを紛らわせるどころか、いっそうの不快感を引き起こす。空調が壊れてまだ修理されていないから、部屋の中にいると頭がぼうっとしてくるので、水を飲んでごまかすしかない。
(休みたいな)
 ベッドに座って何時間も過ごしながら、そう思う。この暑さの中で仕事をすると考えただけで、心が沈んでいく。だが、休めない。それが許される環境ではないと、誰よりも自分が知っている。
(……雨、やんでほしい)
 せめてこの鬱陶しい湿気がおさまればいいのに。荒野から運ばれてくる乾いた空気が、今は恋しい。

■秋

 季節を迎えた銀杏並木は、あたりが黄色に染まって目に優しい。地面を覆う葉を踏むのも惜しいような気がして、ベンチに腰掛けてコーヒーを含んだ。
 見るとはなしに、行きかう人々を眺める。元気な子どもを連れた老人、犬の散歩中に立ち止まって他の飼い主と話し始める人、ジョギングで足早に過ぎ去っていく人、ベビーカーを押す若い夫婦、そして手をつないで幸せそうに微笑みながら歩いていく恋人たち。
(ああ、いいな。すてきだな)
 見ているだけで優しい気持ちになる。昔読んだ本を思い出し、あんな風に好きな人と、この道を歩いていけたらどんなに楽しいだろう、と思う。
 きっと自分にはそういう機会はないだろうけれど、今度暖かい日に、自分がおじいちゃんと勝手に呼んでいるあの人を誘ってみよう。二人で歩いたら、きっと楽しいだろうから。

■冬

 天気予報が寒波の到来を告げた途端、雪がちらつき始めた。
 白い息を吐き、階段の上でファルの店じまいを待っていたら、ちゃりんと音がした。見下ろすと、施錠をしようとして鍵を取り落としたようだ。
「待たせてごめんね、アラガキ」
 鍵をかけ終えて上がってきたファルは白い頬を赤くしている。ちらりと見れば、その指先もまた真っ赤になっていた。
「いや、大丈夫だ。いこうか」
 懸念して手を差し出す。委ねられたほっそりとした手は案の定、氷のように冷たくなっていた。水仕事やなんやで、冷え切ってしまったのだろう。
「ずいぶん冷えたな。早く帰ろう」
「うん。……でも、アラガキの手あったかいから、へいき」
 そういって顔を綻ばせ、寄り添って来るさまが何とも愛らしくて、ついこちらも頬を緩めてしまう。自分のポケットに手を招き入れて、少しでも温まるようにとしっかり包み込んだ。
 じわじわと温もりが移っていく近さが、今はこの上なく愛しい。